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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)9882号 判決

原告

ジヨーン・タルボツト・ジユニア

右訴訟代理人

山田靖彦

被告

元田電子工業株式会社

右代表者

元田謙郎

右訴訟代理人

山本満夫

被告

株式会社太陽神戸銀行

右代表者

河野一之

右訴訟代理人

山根篤

外五名

主文

一  被告元田電子工業株式会社は原告に対し、金八〇〇万円及びこれに対する昭和四六年一月一日から完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告株式会社太陽神戸銀行に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告元田電子工業株式会社、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金八〇〇万円及びこれに対する昭和四六年一月一日から完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一、請求原因

1(一)  原告は昭和四五年当時、アメリカ合衆国テネシー州ヘンダーソンビルにおいて、セーフ・ガード・ユー・エス・エーの名称で警報装置の販売等を業としていたものである。

(二)  被告元田電子工業株式会社(以下被告会社という。)は各種警報装置、その他電機機器の製造販売を業とする会社であり、被告株式会社太陽神戸銀行(昭和四五年当時、株式会社太陽銀行。以下被告銀行という。)は一般銀行業務を営む会社である。

2  原告は、昭和四五年八月、被告会社と同社の製造する左記(一)ないし(三)の商品売買契約(以下本件売買契約という。)を締結し、その代金支払いの手段として、番号第六八四号、発行銀行フアースト・アメリカン・ナシヨナル・バンク・オブ・ナツシユビル(以下本件信用状発行銀行という。)、発行日昭和四五年八月一〇日、有効期限同年一一月一〇日、金額二万四六〇〇ドルの取消不能信用状(以下本件信用状という。)を開設した。

なお、本件信用状は「荷為信用状に関する統一規則および慣例」(一九六二年改訂)(以下統一規則という。)に準拠するものである。

(一) パート三〇一、一二型サイレン及びリモートスイツチからなる四一八型アラーム・ユニツト 一〇一台

(二) アンテナB 二〇二本

(三) 五〇〇―S型 一台

3  右信用状は、荷為替手形には左記(一)ないし(五)の書類を添付することが必要であることを明記しており、この信用状条件の充たされた場合に限り代金支払いに応ずることを約したものである。

(一) パート三〇一、一二型サイレン及びリモート・スイツチからなる四一八型アラーム・ユニツト一〇一台、アンテナB二〇二本並びに五〇〇―S型一台(五ユニツト)を出荷すること(別紙(Ⅰ)記載の英文)を明記した商業送り状

(二) 通関用送り状

(三) 海上保険証書

(四) ニユーオリンズ向け船積みであること、テネシー州ナツシユビルのフアースト・アメリカン・ナシヨナル・バンクの指図人を荷受人とすること、ニユーオリンズ・グラバーストリート六二四のワイ・アレキサンダー・アンド・コンパニーを通知先とすることを各明記した船積船荷証券複本全通

(五) 包装明細書

4  これに対し、被告会社は昭和四五年一一月二日ころ、左記(一)ないし(六)の商品を原告を荷受人として訴外日本郵船株式会社の相模丸に船積みした。

(一) セーフ・ガードME四一八型(アンテナコード二〇〇〇メートル付)

一〇一セツト

(二) ダイアラーME三一〇型 一〇一台

(三) サイレン 一〇一個

(四) リモート・スイツチ 一〇一個

(五) セーフ・ガードME五〇〇S型

一セツト

(六) アンテナB 二〇二本

5  ところで、右(五)及び(六)の商品は原告が本件売買契約において注文した商品の一部であるが、右(一)ないし(四)の商品は原告が注文したパート三〇一、一二型サイレン及びリモート・スイツチからなる四一八型アラーム・ユニツト一〇一台とは全く異る商品であり、しかも右(五)及び(六)の商品も右四一八型アラーム・ユニツトの付属品または関連商品であるため、それだけでは原告の本件売買契約の目的を達することはできず、かつ本件信用状の明示する条件とも異るものである。

6  しかるに、被告会社は同月一〇日ころ右船積商品の明細(別紙(Ⅱ)記載の英文)を記した商業送り状等本件信用状の要求する書類を添付した荷為替手形を被告銀行新宿支店に呈示し、本件信用状に基づいてその割引を受けた。

7  その後、被告銀行は、右商業送り状の商品の記載(別紙(Ⅱ)記載の英文)が本件信用状の要求するそれと相違していることに気付き、このままでは右手形は本件信用状に基づく再割引若しくは支払いを受けられないと考え、被告会社と協議のうえ共謀して、または被告会社の依頼を受けて、右商業送り状の記載を本件信用状の要求する文面と一致させてこれによる再割引もしくは支払いを受けることを企てた。そして実際に船積みされた商品が本件売買契約による商品と異ること及び本件信用状の指定する商品とも異ることを知りながら、被告銀行において右商業送り状の余白部分に本件信用状の要求する「パート三〇一、一二型サイレン及びリモート・スイツチからなる四一八型アラーム・ユニツト一〇一台、アンテナB二〇二本並びに五〇〇―S一台(五ユニツト)を出荷するものである。」旨の別紙(Ⅰ)記載の英文をタイプし、右手形に添付される書類の表現形式を本件信用状の要求するそれと一致させた。

被告銀行の右行為は、実際に船積みされた商品が本件信用状で指定された商品すなわち本件売買契約による商品と異ることを知つていたのであるから、明らかに違法な行為であり、また本件信用状の準拠する統一規則第七条に規定する照査義務もしくは右義務を包含する信用状取引を包摂し、その依拠する法律関係を支配する信義則に違反する違法な行為でもある。すなわち、本件においては、当初の商業送り状の商品の記載(別紙(Ⅱ)記載の英文)は、信用状が指示している商品の記載と明らかに相違しており、その相違は、単なるタイプミス等の一見して明瞭な形式的な誤りに起因するものではなく、実体上の取引の対象である商品そのものの相違によるものであつたのであるから、書類のみに従つて機械的に行動すべき割引銀行たる被告銀行としては、当然、本件割引依頼を拒否すべきであつたのである。それにもかかわらず、被告会社の指図に従つて、かつ、その代理として本件行為に出たものであるから、被告銀行の右行為は割引銀行としての行動範囲を逸脱し、信義に則つた公正な態度を放棄した違法なものである。

8  被告銀行は、右改ざん行為により本件信用状条件と一致するに至つたこれらの書類を添付して、訴外株式会社東京銀行において右手形の再割引を受け、右訴外銀行は、これを本件信用状発行銀行に呈示したため、同銀行は原告の勘定から手形金として金2万2847.69ドル、割引手数料として金57.12ドルの合計金2万2904.81ドルを支払つた。

9(一)  本件売買契約は一ドル当り三六〇円の外国為替相場により換算するとの合意のもとに行われ、また本件信用状の決済も右換算率によつて行われている。本件損害賠償請求は、右取引に直接起因するものであり、少くとも右取引の延長線上の問題であるので、取引内容をなす右合意は、当然本訴請求についても適用されるべきであるから、原告の被つた金2万2904.81ドルの損害は一ドル当り三六〇円の割合で換算されるべきである。

(二)  仮に、右主張が認められない場合には、被告らの本件損害賠償義務は遅くとも、被告会社が原告の勘定から前記金2万2904.81ドルの支払いを受けた時に発生したものであつて、右時点における為替相場は一ドル当り三六〇円であつたから、被告らは右義務の履行を遅滞することにより外国為替相場の変動によるいわゆる円差益を法律上の原因なくして取得し、原告はそれにより得べかりし右円差益を失つた。したがつて、原告は被告らに対し、右円差益相当金員を不当利得として返還請求する。

10  よつて、原告は被告ら各自に対して、その共同不法行為により被つた損害金2万2904.81ドルを一ドル当り三六〇円の割合で換算した金員(右換算率が認められないときは、不当利得として請求する金員と合計した金員)のうち金八〇〇万円及びこれに対する右不法行為後である昭和四六年一月一日から完済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する認否〈省略〉

三、被告会社の抗弁

1(一)  原告と被告会社は、昭和四五年一〇月二二日、本件売買契約にかかるダイアラーME三〇一型一〇一台をダイアラーME三一〇型一〇一台と取り替えること、ダイアラーME三一〇型一台の単価を三九ドルとし、本件信用状によつて支払いが約されているダイアラーME三〇一型一〇一台の代金から決済すること及びダイアラーME三一〇型の船積期日は本件信用状記載の昭和四五年一一月一〇日とすることを約した。被告会社がダイアラーME三〇一型に替えてダイアラーME三一〇型を船積みしたこと及び右代金を本件信用状に基づいて決済したことは、いずれも右約定に従つたものである。

(二)  仮に、原告が右取替えに同意しなかつたとしても、原告と被告会社は、同年一一月二日、被告会社が本件売買契約以前の別の売買契約に基づいて既に納入していたダイアラーME三〇一型をダイアラーME三一〇型と取り替えることを協議し、原告は右取替えに同意したのであるが、その際、原告は、本件売買契約については既にダイアラーME三〇一型に替えてダイアラーME三一〇型が船積みされたことを知つていたにもかかわらず、何らの異議も述べなかつた。したがつて、原告は同日右の取替えを追認したものである。

2(一)  原告と被告会社は昭和四五年四月一六日ころ、被告会社は原告に対してアメリカ合衆国のテネシー、ケンタツキー、アラバマ、ミシシツピ、フロリダ、ルイジアナ及びジヨージアの各州において、被告会社製造の警報器を独占販売させること及び売買商品についての原告からの異議は、当該商品が目的地に到達してから一四日以内に被告会社に通知しなければならず、右期間経過後は異議を述べ得ないものとするとの継続的販売契約を締結した。

(二)  本件売買契約も右継続的販売契約に基づいて行われ、原告の船積みした商品は遅くとも昭和四五年一二月二日には目的地であるニユーオリンズ港に到達し、原告はこれを荷受けして検査できる状態となつた。しかるに、右到達の日から一四日以内には原告から何らの異議も述べられていない。

四、被告会社の抗弁に対する認否〈省略〉

第三  証拠〈省略〉

理由

一(1)  原告が昭和四五年当時、アメリカ合衆国テネシー州ヘンダーソンヒルにおいて、警報装置の販売等を業としていたものであること、

(2)  被告会社が各種警報装置その他電機機器の製造販売を業とするものであり、被告銀行が一般銀行業務を営むものであること、

(3)  原告が昭和四五年八月被告会社と、請求原因2のような売買契約を締結したこと、

(4)  原告がその代金支払いの手段として本件信用状を開設し、右信用状には請求原因3のように記載されていたこと、

(5)  被告会社が原告の注文に対し昭和四五年一一月二日ころ、請求原因のとおりの船積みをしたこと、

(6)  被告会社は昭和四五年一一月一〇日ころ被告銀行に対し、請求原因のとおりの書類を呈示し、本件信用状に基づいて荷為替手形の割引を受けたこと、

以上の各事実は原告と被告会社との間では争いがなく被告銀行との間では(2)(4)(6)の各事実は争いがなく、(1)(3)(5)の各事実は〈証拠〉によりこれを認めることができる。

二そして、〈証拠〉を総合すると、次の(1)ないし(4)の各事実が認められる。

(1)  被告会社が船積みした商品のうち、ダイアラーME三一〇型一〇一台は、被告会社が原告から注文のあつたパート三〇一(正式名称ダイアラーME三〇一型という電話警報器と同一商品と認められる。)一〇一台に替えて船積みしたものであり、その余の商品はいずれも原告から注文のあつた商品であること。

(2)  原告からの注文のあつた商品はいずれも盗難警報器に関する各種の機器であつて、セーフ、ガードME四一八型(原告の注文した四一八型アラーム、ユニツトの本体はこの機器であると認められる。)及びセーフ、ガードME五〇〇S型などは、物体の移動によつて変化したアンテナからの電波を増幅し、これを警報的信号にかえてサイレン等に送信する本体の一種であること、ダイアラーME三〇一型及びダイアラーME三一〇型はいずれも右本体からの警報的信号を受信すると特定の電話番号を自動的に呼出し、内蔵された磁気テープを再生して通信する電話警報器の一種であり、その相違点は、前者には右テープの再生装置のほかにその録音装置まで組み込まれているのに対し、後者にはこれが組み込まれていないという点にあること、本件売買契約による各商品は、いずれもそれ自体は独立した一つの機器であつて、これらを適宜に接続することによつて、その警報器としての利便をよりよく図り得るというものであるが、原告はこれらを個々独立した機器としてではなく、合せて一つの盗難警報器として販売する目的で本件売買契約を締結したこと、被告会社も原告の右意図を十分承知していたこと及びダイアラーME三一〇型は原告の取引先関係においては評判が悪く、右製品を構成部分とする盗難警報器では販売の見込みが立たなかつたこと。

(3)  被告銀行は昭和四五年一一月一〇日、被告会社から船積商品の明細を記した商業送り状等の書類を添付した荷為替手形を受けとり検討したところ、本件信用状にはパート三〇一、一二型サイレン及びリモートスイツチからなる四一八型アラーム・ユニツト一〇一台並びにアンテナB二〇二本及び五〇〇―S型一台(五ユニツト)を出荷すること(別紙(Ⅰ)記載の英文)を明記した商業送り状を添付することが条件として明示されているのに対し、被告会社の添付していた商業送り状にはセーフ・ガードME四一八型一〇一台(アンテナコード二、〇〇〇メートル付)セーフ・ガードME五〇〇S一台、ダイアラーME三一〇型一〇一台、サイレン一〇一個、リモートスイツチ一〇一個及びアンテナB二〇二本(別紙(Ⅱ)記載の英文)と記載してあつたこと、したがつて本件商業送り状は本件信用状の前記条件を充足せず、その商品名の記載も一致しておらず、特にパート三〇一がダイアラーME三一〇型と記載されていることに気付いたこと、そこで翌日、同行行員の訴外戸部武彦が、被告会社の担当員であり、かつ被告銀行に対し、署名印鑑届を提出して被告会社の代理人として登録されている訴外稲田としに電話をかけて、右記載が相違していること及びこのままでは手形の割引に応じられない旨を告げたところ、稲田は右電話に対し、本件信用状で指示されている商品と本件商業送り状に記載されている商品とは同一であるので、商業送り状の記載を訂正するから、被告銀行において商業送り状に別紙(Ⅰ)記載の英文のとおりの文言をタイプして欲しい旨答えたこと、被告銀行は、右依頼に従つて同日顧客へのサービスの一環として右商業送り状の余白部分に右依頼のとおりの文言をタイプし、その部分に、予め被告会社から預つていた同社の訂正印を押捺し、右書類の記載を本件信用状条件に合致させたこと。その結果、前記手形に添付された各書類は、本件信用状条件を充たすこととなつたので、被告銀行は右手形の割引に応じたこと、

(4)  被告銀行はさらにこれを東京銀行において再割引し、右訴外銀行はこれを本件信用状発行銀行に呈示したため、同行は昭和四五年一二月三一日原告の勘定から手形金として金2万2847.69ドル割引手数料として金57.12ドルの合計金2万2904.81ドルを支払つたこと。

以上の各事実が認められるのであつて、〈以下、証拠判断省略〉。

三次に被告会社の抗弁について検討するに、まず被告会社は、本件売買契約のダイアラーME三〇一型一〇一台をダイアラーME三一〇型一〇一台と変更することについては、原告の承諾もしくは追認があつたと主張し、右承諾の点については〈証拠〉など、これに沿う証拠もないわけではない。しかしながら一方、〈証拠〉を総合すると、原告は昭和四五年一〇月一八日来日した後同年一〇月二七日に、被告会社の訴外大谷達雄及び北脇敏一から、ダイアラーME三〇一型一〇一台に替えてダイアラーME三一〇型一〇一台をすでに船積みしたと告げられ、直ちに翌二八日本件信用状発行銀行の担当者である訴外エル・レアード・スミス宛に本件信用状の支払いを留保されたい旨のテレツクスをうつていること、原告は帰国後も右銀行に支払いを留保するように要求し、結局同行が支払いに応じたことに対してアメリカ合衆国で訴訟まで提起していること、原告及びその代理人である弁護士山田靖彦は数度にわたり被告会社に対して、右商品の変更に抗議し、ダイアラーME三一〇型の受領を拒絶する旨の手紙を出しているが、被告会社はこれに対して、一度も原告との間で右変更の合意があつたとは主張しておらず、その他右変更について何らの合理的説明をしていないこと、信用状に記載されている商品を変更する場合はに通常信用状の訂正が行われ、しかもこの訂正は一日で可能であるにもかかわらず、本件信用状については一切このような訂正は行われていないこと、原告と被告会社は本件売買契約以前の売買契約について信用状を訂正したことがあること及び原告は、被告の船積みした商品がニユーオリンズ港に到達した後もこの受領を拒み続けたため、結局右商品はニユーオリンズ税関により公売に付されたこと、以上の各事実が認められるのであつて、これらの事実に照らしてみると前記被告会社の主張に沿う各証拠は措信し難いものといわざるを得ず、他に右主張を認めるに足りる証拠は存しない。

また追認の点については右に認定した事実からして、原告が三一〇型一〇一台を船積みしたと告げられた際、何らの異議を述べなかつたとは考えにくいのであるが、仮に当日、原告が積極的に異議を述べなかつたとしても、ただそれだけのことでは、原告が右商品の変更を黙示的にせよ追認したということはできない。したがつて、この点に関する被告会社の主張は失当である。

被告会社はさらに、同社と原告との間には、その売買商品についての異議は、当該商品が目的地に到着してから一四日以内にしなければならない旨の継続的販売契約が存在したと主張するが、本件全証拠によるも右事実を認めることができない。

四そこで、まず被告会社の不法行為責任の成否について判断する。

前記二(2)で認定したところによると、被告会社の船積みした商品では、全体として原告の本件売買契約の目的を達することができないものと認められる。したがつて、原告は、右代金の全額につき支払いを拒絶する正当な理由があつたものといわねばならない。しかるに、被告会社は信用状の形式性を奇貨として、結局前記認定の経緯により原告に金2万2904.81ドルの支払いをさせたというのであるから、被告会社の前記認定行為が不法行為に該当することは明らかである。

五続いて、被告銀行の不法行為責任について判断する。

1  本件信用状の準拠する統一規則は、信用状取引において荷為替手形を割り引く場合、銀行は、相応の注意をもつてすべての書類を点検し、それが文面上信用状条件に一致しているとみられるかどうかを確かめなければならない(第七条)と定めるとともに、銀行が、文面上信用状条件と一致していると認められる書類と引換えに荷為替手形を割り引いたときは、発行銀行から支払いを受ける権利を有する(第八条)旨、そして銀行の右調査義務は書面上の形式調査に限定され、したがつて、銀行は、書類に表示されている商品の記述、数量、重量、品質、状態、包装、引渡し、価格あるいは実在すること等について、なんの責任も義務も負わない(第九条)旨、各規定しているのである。

2  今これを前提として本件をみるに、前記認定のとおり商業送り状の訂正が行われた結果、訂正後の商業送り状の記載は本件信用状条件を充たすことになつたものであつて、被告銀行はこれを確認したうえ荷為替手形を割り引いたものであるから、被告銀行の行為はこの限りではまことに相当である。

3 次に前記二(3)で認定したところによれば、被告銀行が本件商業送り状に別紙Ⅰ記載の英文タイプで打込み、その記載を訂正したのは、被告会社からの依頼によるものであり、その文言も具体的に指示されていたのであるから、右訂正の過程においては同銀行の主体的意思が介入する余地はなく、したがつて、同銀行の右行為は顧客である被告会社のために、単にその機械的業務を代行したにすぎないものと評価することができる。そこで、右代行行為をしたことの適否について考えてみるに、本件商業送り状の作成及び訂正の権限は売主にあり、売主がその記載を訂正する意思を有する以上、その訂正行為を自らの手で行うのと他人に代行させるとは、結果的には同一であつて、代行を依頼された者がその依頼の趣旨に忠実に従う限り、代行させること自体による特段の弊害は考えられない。そしてこのことは、訂正の対象が、外国語の綴り字の間違いなどのような、明白な誤記の場合に限らないと考えられるから、本件のような実体的な面についての訂正の代行行為も、これを一般的に違法なものと解することはできない。以上のことからすれば、売主からの依頼に応じて商業送り状の訂正を代行した被告銀行は、仮にその訂正された内容が虚偽のものであつても、単にそれだけのことから不法行為の責任を負うものと考えるべきはないのである。

この点については原告は、被告銀行は訂正を代行することによつて、実体的取引関係に関与し、これに立ち入つているものといわなければならないから、関与した結果について責任を負うべきであるという。また、前記統一規則第七条をもつて、同条は、信用状発行依頼人である買主の利益をはかるためのものであり、割引銀行は書類の点検にあたつては、売主と利害相反する立場にあるから、売主の指図により商業送り状を訂正することは許されないという。

けれども、被告銀行は、単に被告会社の指示により機械的業務を代行しただけであること前述のとおりであるから、原告の右各主張はいずれも失当である。

4  原告はさらに、被告銀行は被告会社の船積みした商品が本件信用状指定の商品と異なることを知つていた、あるいは知り得べきであつたにもかかわらず、被告会社の違法行為に力をかしたと主張するけれども、被告銀行が右事実を知つていたことを認定するに足る証拠はない。また〈証拠〉によれば、被告会社と被告銀行新宿支店との取引は昭和四五年四月ころから始つたもので、外国為替関係の取引は月に一、二回程度であったこと、したがって、被告銀行は被告会社の商品についての知識に乏しく、本件信用状に記載してあるパート三〇一と本件商業送り状に記載してあるダイアラーME三〇一との異同についても、被告会社の同一商品である旨の説明を疑うに足りる何らの資料もしくは知識を有していなかつたことが認定できる。右事実からすれば、被告会社がパート三〇一とダイアラーME三一〇とが異なる商品であることを知り得べきであつたとすることはできない。

5  原告はまた、被告銀行が、本件信用状条件である別紙(Ⅰ)記載の英文と商業送り状のもともとの記載である別紙(Ⅱ)記載の英文とが、矛盾もしくは相違していること、少なくともそのおそれのあることを知つていたというけれども、そのように解することもできない。すなわち両者を比較すると、細部の記号、番号、名称は若干異なつているが、全体としてみると同一の商品を、一方は専門的、個別的な用語で、他方は一般的、包括的な用語で記述したものとしてみることができ(本件でも、商業送り状に別紙(Ⅰ)記載の英文が付加されたことにより、右英文でかかれた商品名と本件荷為替手形の添付書類である包装明細書等に記載された商品名との相違は問題にされず、本件荷為替信用状取引は決済されたことは右のことを裏付けるものである。)少なくとも、個々の商品の売買契約に関与しない銀行にとつて、右相違は異なつた商品の記述であると認識することは困難だからである。

6  以上のとおりであつて、被告銀行が前記訂正を代行したことに違法性ありとすることはできないのである。むしろかえつて、〈証拠〉によれば、銀行が顧客から予め訂正印を預つている場合に、銀行がその指示により商業送り状等の書類の訂正を代行することは、顧客へのサービスの一環として通常行われていると認められること、仮に被告銀行が依頼に応じなかつたとしても、被告会社が商業送り状を持ち帰つて自ら訂正のうえ、再びこれを添えて手形の割引きを依頼してきた場合、被告銀行がこれに応じたとしても何ら違法でないこと及び〈証拠〉によれば、被告銀行が訂正を代行したのは単に右のような手続の煩瑣を避けるという目的からであつたと認められること、以上のようなことをあわせ考えると、被告銀行の行為には、違法性が存しないものといわねばならない。したがつて原告の被告銀行に対する請求は理由がない。

六右のとおりであるから、被告会社は原告の被つた損害を賠償する義務があるというべきであるが、この義務は、遅くとも原告の勘定から金2万2904.81ドルが支払われた昭和四五年一二月三一日には発生していたものである。当時の外国為替相場が一ドルにつき金三六〇円と定められていたことは公知の事実であるから、被告会社は遅くとも右期日には右金2万2904.81ドルを一ドル当り金三六〇円として換算した金八二四万五七三一円の損害賠償義務を負担したというべきであつて、この義務は、その後基準外国為替相場が一ドルにつき金三〇八円と定められたことにより、影響を受けないものと解するのが相当である。なぜならば、原告の本訴請求は、不法行為に基づく損害賠償請求であつて、その損害は不法行為時に発生するものであるから、原告が右損害を日本の通貨をもつて賠償請求する場合には、右不法行為時における為替相場によるのを相当とするばかりでなく、このように解しなければ被告会社が、即時に義務を履行した場合に比し、不当に原告に不利益、被告会社に利益となり、この結果は公平の見地からみて到底是認できないものとなるからである。

七以上の次第であるから原告の本訴請求は被告会社に対するものはすべて正当であるからこれを認容し、被告銀行に対する部分については失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(中島一郎 満田忠彦 河村吉晃)

別紙(Ⅰ)(Ⅱ)〈省略〉

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